人生哲学

生きる理由がなくて困っているのなら自分で決めればいい。生きる意味を他人から与えられたら辛いものだ。

生きる理由をいくら探してもそんなものは最初から存在していません

生きる意味求めてあれこれ考えてみてもそんなものはないのです。

生きる理由なんて決められていない方が良いのです。

だって生きる理由が決められていたのだとしたら、それは自分自身が自由でいられなくなります。

生きる理由に縛られて生きることになってしまうからです。

そんな縛られた人生を送っていたら自分で自分の人生を決められないのだとしたら、別にロボットだとしても同じことになってしまいます。

自由に自分で決めて自分の人生を送ることが出来るからこそこの世界は完全なものになっているのです。

それが全てのものに意味があり、決められているのだとしたらそんな世界は完全ではありませんし、不自由すぎる世界になってしまうでしょう。

生きる理由なんてなくて良いのです。

それすらも自分で決めることが出来るからこの世界は素晴らしいものなのです。

人は縛られたり決められていることが好きなのです。

自分で決めることが出来ないのでしょう。

せっかく自分で決められる自由が与えられているのだから自分で決めれば良いのです。

縛られた人生をあえて送る必要はありません。

縛っているのは自分自身であり自分の心なのです。

生きる理由は全て自分で決めれば良いのです。

本当は誰も縛られてはいない自由な存在なのだから。

自由は可能性。縛られた時点でつまらないものになってしまう

あれこれ気にしたり無理して型にはまろうとするとどんどんつまらなくなってしまいます。

こうしたら失敗してしまうだろうかとか、こうしないと普通じゃないとかそうやって考えると、どんどん可能性が失われてしまいます。

それだと自分の好きなことが出来なくなりますし、自由ではなくなってしまいます。

早く結果を出すためには色々やらなければいけないことはありますし、テクニックを駆使してやっていた方が結果が早く出る場合はあります。

先輩からテクニックや方法を学ぶことは良いことです。

しかし自由な発想を忘れてはいけません。

自由というのは可能性です。

自由がなく、型にはまるだけでは、その型通りの結果しか出ません。

結果も型通りになってしまうのです。

もっと良い結果を出したいと思うのなら、もっと自分の可能性を広げたいと思うのなら自由であるべきなのです。

あとがき

生きる意味というのは生まれた瞬間から決められているわけではありません。

もし生きる意味を決められていたのだとしたらそれはその為に生まれてその理由をクリアする為にこの人生を使わなければいけなくなります。

仮にそれが全くやりたくないことだったとしてもやらなければいけなくなります。

そんな人生を送ることになったら最悪でしょう。

ですから生きる意味なんて決められていなくても良いのです。

だからみんなが自由に生きていられるのです。

生きる意味が最初から決められていたら本当に辛いはずです。

生きる意味がないから自由なのです。

自由だから未来に大きな可能性があるのです。

生きる意味がどうしても欲しいというのなら自分で作れば良いのです。

その自分の作った意味が、自分にとっての生きる意味になっていくのです。

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  • この記事を書いた人

ヨシタカ(吉岡 貴紀)

名前 ヨシタカ(吉岡 貴紀) ・スピリチュアルカウンセラー ・元競輪選手 生まれつき「オーラ」や「チャネリング」が出来ていたスピリチュアル人間として育ってきた。 しかし、それが本当に正しいことなのかを突き詰めるようになり、悟りの道へと方向性をシフトし、悟りを開くことが出来た。 その後はたくさんの人に自分らしい生き方を目指す為の情報発信をしている。 【詳しいプロフィールはこちら】

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