教え(教訓)

正しく生きても、正義を貫いても幸せに生きることは出来ない理由。

正義や正しさを守り抜いて生きていけば幸せになれるとしたらどれだけ楽でしょうか。

正義や正しさは本当に正しい事ではありません。

正義が正しければ何も争いなんて起こらないでしょう。

みんなが共通に思っている正義があるのなら、その正義に従って生きれば良いのだから争いなんて起こりません。

それは正しいことが存在するということなのですから、その正しさに沿って生きれば良いということになります。

しかしそんなことはありません。

この世には絶対的正義も絶対的正しさもありません。

皆が自分が正義だと思うから争いが起こるのです。

正義に正解があるのだとしたら皆がそれに従って生きればいいだけのことです。

そんな完璧な正義なんてこの世に存在しないし、いまある正義を貫いたとしてもそれだけでは幸せになることは出来ないのです。

だからみんなが悩むのです。

正しさがないということはそれだけ変化し続けているということでもあります。

それだけこの世も時代も移り変わっていくということです。

完全な正しさがあったとしたらどれだけ簡単な世の中でしょうか。

正しさが正しければたくさんの悩みがなくなるでしょう。

幸せに生きたければ正しく生きればいいだけのことなのですから。

しかし正しく生きて本当にみんなが幸せになれるのでしょうか。

むしろ正しく生きていない人の方が楽しく生きているなんてこともあるでしょう。

正しさが正しいわけではないのです。

正しさというのは誰かが作り出した幻想です。

それは自分が作り出した幻想かもしれません。

親が作り出した幻想や洗脳かもしれません。

時代や世の中が作り出した幻想かもしれません。

本当の正しさなんて存在しないのです。

完璧な正しさが存在するのだとしたらこの世は全てその正しい世界になっているはずですから。

この世界はそんな簡単で単純な世界ではないのです。

そもそも正しさだの正義だのなんてそれを強制したり振りかざした時点でそれは正しさでも正義でもありません。

ただの傲慢であり力での制圧でしかないのです。

この世は全てが正義で出来ているか、

それとも正義なんて存在しないかのどちらかしかない。

とってもそれはどちらも同じことであり同じ意味です。

全ては移り変わりそして完璧な答えは存在しません。

それがこの世の中そのものです。

この世界とはそういうものなのです。

正義だの正しいだの言っていてもそれでは正解にたどり着くことはなく、幸福な人生も歩んでいけないでしょう。

そんな正義や正しさにこだわった時点でそれはエゴでありただの傲慢です。

完璧であり変わらない完全な答えなんてこの世にはありません。

正しさを守ったり正義を振りかざしたところで幸せになることは出来ないのです。

完全なる正しさなんてこの世には存在しないのなら、自分で作り上げていくしかないのです。

自分なりの自分の人生での正解というものを、自分だけの正解というものを、自分で見つけていくことこそ人生というものではないでしょうか。

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