教え(教訓)

物事には絶対的に正しい答えはない。視点や立場、環境が違えば正しさも変わる。

物事には絶対的に正しい答えというものは存在しません。

見る側面を変えたら同じ物事でも答えは変わってしまいますし、人によっても正しい意見は変わってきます。

例えば、他人ばかりを気にしてしまっている人は自分を大切にした方が良いですし、自分中心で生きている人はもっと他人を気にして生きたほうが自分の為にもなります。

何が間違っていて何が合っているなんて絶対的な答えは一つもありません。

だからどの意見も正しくてどの意見も合っているのです。

絶対的な答えが存在していて、全ての物事に正しさが存在しているのなら誰も迷ったりはしないでしょう。

みんながその正しさに従って生きていけばそれで世界は平和になるのですから。

しかしこの世はそんなに簡単なものではありません。

みんな自分が正義で自分が正しいと思って生きているのです。

自分は正しいと思って生きていない。

という人でも、正しいと思っていないと思って生きることが正しいと思っているのです。

それはその人の価値観であり、全ての人に当てはまるわけではありません。

みんなそれぞれの正解を持っていて、絶対的なみんなに共通する正しさや答えというものは存在しないのです。

だから難しいのです。

何事もバランスは大切です。

食べ物もそうですし、何事も極端にやって良い結果が生まれることはあまりありません。

先ほども言いましたように、

他人に気を使いすぎて生きている人は、自分を犠牲にしてしまっています。

その結果、自分自身が自由に生きられなくなり、ストレスが溜まって病気になってしまうこともあるのです。

逆に自己中心的に生きている人は、

自分は楽に生きているかもしれませんが、最終的は周りに人が誰もいなくなり孤独に生きていくことになるかもしれません。

どちらも自分が納得しているのだとしたらそれでも良いのかもしれませんが、自分がそれによって苦しんでいるのだとしたらそれは不正解になってしまうでしょう。

何事も極端になってしまうと苦痛になってしまいます。

答えというのは人それぞれなのです。

私自身いつも極端にやる性格でした。

というか今でもそれは変わりません。

それで悩んだり迷ったりすることはありますが、それだけ色々な事を学んだり経験していくことによって自分の中で答えというものが出ていきます。

極端にやらないと納得しない性格なのでいつも失敗してしまいますがそれは好きでやっています。

それである時気付きました。

極端にやって良いことなんてないな。ということに。

いつも極端にやった結果、バランスが大事という答えにいきつきました。

その答えに辿り着いたということは自分にとっては極端にやったことが正しかった。という考え方もできます。

そんなのやらなくてもわかることかもしれませんが、自分はそうしたかったからそうしたのです。

そうやって何が正解で何が不正解かなんて誰にもわかりませんし、人それぞれなのです。

ですからいろんな意見があって良いと思います。

自分が納得できればそれでよいのです。

どれも正解とも言えるしどれも不正解とも言えるのです。

自分の答えを見つけ出していけばよいのです。

自分が納得するものを納得すれば良いのです。

納得できないものは納得しなくても良いのです。

それは自分で決めていけば良いのです。

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